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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)520号 判決

控訴人 光沢春次郎

被控訴人 吉川鎮司

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、被控訴人が本件土地を買い受け、昭和二十二年三月三十一日その所有権取得登記をしたとしても、右登記簿は同年四月二十日火災により滅失したにかかわらず、被控訴人は不勧産登記法第二十三条に基く所定の期間内にその回復登記の申請をしなかつたので、被控訴人の本件土地所有権取得は登記簿滅失のときから将来に向つて滅失登記簿上の順位を喪失したことになる。しかるに、被控訴人の所有権取得との関係において、順位に立つ控訴人の賃借権は、昭和二十二年十月二十七日本件借地上の建物について保存登記をしたのであるから、建物保護法の規定により被控訴人の所有権取得に対抗しうることになつたものである。

二、被控訴人は、「控訴人は本件地上の建物保存登記をする以前から、被控訴人に対し本件土地の賃貸又は売却方の交渉を重ねてきたもので、すなわち、控訴人は本件地上の建物保存登記をする以前において、すでに被控訴人の本件土地所有権取得の事実を知悉しこれを承認したのであるから、被控訴人の本件土地所有権取得の事実を否認する権利を放棄したものであつて、今さら対抗要件の欠缺を主張することは許されない。」旨主張するけれども、控訴人が被控訴人に対して本件土地の賃貸又は売却方の申出をしたのは、本件地上の建物保存登記をする以前において被控訴人が本件土地の所有権を取得した事実を全面的に承認した上でしたものではなくて、「仮りに被控訴人が本件土地の所有権を真実取得したものであるとすれば」という仮定の上に立つてしたものである。

と述べ、被控訴代理人において、

一、(イ)不動産登記法第二十三条にいわゆる「其登記簿ニ於ケル順位」とは、一定の登記簿内における複数の登記記載がある場合、その相互間の順序すなわち前後を指称するものであつて、同一登記簿上に併存する数個の登記間の相対的観念である。同一登記簿内の記載でない他の別個の登記簿の記載との間には、いわゆる「其登記簿ニ於ケル順位」というものはありえない。従つて、控訴人の建物登記簿における記載と、被控訴人の土地登記簿の記載との間には、不動産登記法第二十三条に規定する順位の関係は存在しない。してみれば、控訴人の建物登記との関係においては、被控訴人の土地登記の回復登記をまたないで、滅失した登記簿上に記載された所有権取得登記の効力は、これを控訴人その他の第三者に対抗しうるものである。思うに、同法第二十三条は滅失登記簿に記載せられた複数登記相互間の順位につき、後日の紛争を防止しようとして設けられたところの整理を目的とする便宜規定であつて、この目的以外に拡張して解釈することは許されない。また、本件土地の滅失登記簿におけるように、現存する登記簿上の登記は、被控訴人の所有権取得登記だけしか存在しない登記簿については、登記されていた登記は単一で、順位に立つ他の権利の登記は存在しないのであるから、回復登記によつて保存しなければならない順位もまた存在しないわけである。

(ロ) 登記により一旦有効に発生した対効力が、権利者の責任ある行為によらない登記簿の滅失という災害的事実の発生により消滅すべき理由はない。この理は、他人の行為により不法に抹消せられた登記についても同じである。大審院民事連合部の判決(大正十年(オ)第九一四号、大正十二年七月七日言渡)においても、同様に解釈してこれを詳細に判示している。不動産登記法第二十三条に規定する回復登記をしなかつた場合、滅失登記簿上の順位を保有しえないとの法意は、滅失登記簿に登記されたすべての登記による対抗力は、その存在を失い、期間内の回復登記によつてのみ遡及的に旧登記の対抗力を蘇生させうるものであるとする解釈は、同法第二十三条の規定からは抽出することができない。けだし、このような重大な効果を与えなければならないような立法上の妥当性もなく、またその必要性も存しない。この場合回復登記をしないで未登記の状態におくと否とは、旧登記簿上の権利者の自由であつてこれを強要するの必要性は少しもない。もし、控訴人主張のような効果を与えるためには最も明確な規定を民法物権編のうちにおくべきであつて不動産登記法中に不明確な表示を以てこれを規定する筈がない。

(ハ) 以上のように、本件の土地登記簿の滅失は、被控訴人の土地所有権取得登記により適法有効に発生した対効力に何等の影響を及ぼすものでなく、その対抗力は依然として存続し、従つて、控訴人はその後に登記した建物登記により、建物保護法の適用を主張しうるものではない。

二、控訴人は、昭和二十二年九月下旬被控訴人が本件土地を買い受け取得した事実を知つたのである。そして、控訴人は被控訴人に対して本件土地を引き続き賃貸するか又は売却せられたい旨を申し出で、それ以来右交渉を重ねてきたものである。すなわち、控訴人はその建物の保存登記をする以前において、すでに被控訴人が本件土地の所有権を取得した事実を承認していたものである。従つて、控訴人は被控訴人の所有権取得を否認する意思はなく、これを承認することにより否認権を放棄したものであるから、今さら対抗要件すなわち登記の欠缺を主張することは許されない。

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、新たに、被控訴代理人において、甲第二ないし第四号証を提出し、当審証人橋爪和一、代田芳太郎、原正吉、杉本一男の各証言及び当審における被控訴本人尋問(第一、二回)の結果並びに検証(第一、二回)の結果を援用し、乙第十二号証、第十六号証、第二十六号証の成立は不知、その余の当審において新たに提出された乙各号証の成立はいずれも成立を認めると述ベ、控訴代理人において、乙第十一ないし第二十六号証(但し乙第十九、第二十号証は欠号)を提出し、当審証人松下利夫(第一、二回)、小池春雄、塩沢覚三、小山鉄蔵(第一、二回)、中島貢(第一、二回)熊崎みな、大前栄、光沢秀代(第一、二回)、浦野房雄、勝野政三の各証言、当審における控訴本人尋問の結果並びに検証(第一回)の結果を援用し、甲第二号証は本件係争現場の写真であることは認めるが、昭和二十八年十二月二日に撮影されたものであることは否認する、同第三号証の成立は不知、同第四号証は成立を認めると述べたほか、原判決摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、登記済の認印の部分の成立については当事者間に争なく、その他の部分の成立については、原審(第一回)及び当審証人橋爪和一の証言並びに原審における被控訴本人尋問の結果に徴して認められるから、全部真正に成立したものと認める甲第一号証、右証人の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証、成立に争のない同第三、第四号証、原審(第一、二回)及び当審証人橋爪和一の証言並びに原審及び当審(第一、二回)における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人は昭和二十二年三月二十八日頃訴外橋爪和一からその所有の原判決添付目録記載の宅地百五十七坪五合(以下単に本件土地という)を含む宅地三百七十五坪五合を買い受け、同月三十一日その所有権取得登記手続をした事実を認定することができるのであつて、右認定を左右するに足る証拠は何等存在しない。

二、控訴人は、被控訴人がその主張のとおり、本件土地を買い受けその所有権取得登記をしたとしても、昭和二十二年四月二十日の火災により長野地方法務局飯田支局に保管中の本件土地登記簿は滅失しその後被控訴人はその回復登記の申請をしなかつたから、これにより被控訴人の本件土地所有権取得の対抗力は消滅した旨主張するので判断する。被控訴人が昭和二十二年三月二十八日頃訴外橋爪和一から本件土地を買い受け、同月三十一日その所有権取得登記手続をしたことは前認定のとおりであつて、その後同年四月二十日の火災によつて長野地方法務局飯田支局に保管中の本件土地登記簿が滅失し、被控訴人がその回復登記手続をしなかつたことは、被控訴人において認めるところである。そして、控訴人は、被控訴人が本件土地を買い受けその所有権を取得する以前から後記認定のとおり本件土地を賃借していたものであるから、控訴人は被控訴人の本件土地の所有権取得登記の欠缺を主張するについて、正当の利益を有する第三者に当るものといわなければならない。ところで、成立に争のない乙第二十四号証によれば、被控訴人は本件土地について所定の期間内に滅失回復登記を申請しなかつたけれども、その後昭和二十五年九月八日改めて所有権保存登記をしたことを認めることができる。元来我が国の民法は物権変動に関しいわゆる意思主義を採用しているのであつて、登記は不動産の物権変動を第三者に対抗する要件たるにすぎないのであるから、登記が不動産に関する現在の真実なる権利状態を公示している以上、たとえその現在の状態に至るまでの過程又は態容が実際と異つていても登記の立法上の目的を達するに足るものである。従つて売買により訴外橋爪和一から所有権を取得した被控訴人が、右のとおり本件土地について保存登記をした以上、右保存登記以後においてはその所有権取得を以て第三者に対抗しうるものであることは後記五において詳述するとおりであるから、被控訴人は少くとも現在(本件口頭弁論終結のとき)においては控訴人に対し本件土地の所有権取得を以て対抗することができるわけである。(右保存登記以前、換言すれば滅失した前登記簿上の所有権取得登記の効力の点は、控訴人の賃借権の対抗力の問題に関連するので後に判断を加える。)よつて、被控訴人は本件土地の所有権取得を以て対抗しえないとする控訴人の右主張は採用できない。

三、控訴人が現に本件地上に原判決添付目録記載の建物三棟(以下単に本件建物という)を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争がない。控訴人は右土地の占有は賃借権に基くものである旨主張するので検討を加える。

成立に争のない乙第三、四号証、原審における控訴本人尋問の結果により真正に成立したと認める同第五、第六号証、第八、第九号証原審証人丸山孝一、佐々木新一、古橋政一、原審及び当審証人松下利夫(当審の分は第一、二回)、小池春雄、光沢秀代(当審の分は第一、二回)、橋爪和一(原審の分は第一、二回)(但し後記信用しない部分を除く)、当審証人中島貢(第一、二回)、杉本一男、塩沢覚三、熊崎みな、大前栄の各証言、並びに原審及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、控訴人の先代光沢浜次郎(右浜次郎が控訴人の先代たることは当事者間に争がない)は明治三十八年四月頃訴外柳田直平から当時その所有にかゝる本件土地を賃料年額坪当り米五合、支払期毎年末の約定で普通の建物所有の目的を以て期間の定めなく賃借し、その後大正九年一月訴外橋爪和一が右柳田直平から本件土地を買い受け(右売買の事実は当事者間に争がない)その所有権を取得したのであるが、右橋爪はその際光沢浜次郎の本件土地に対する前記借地権を承認し、賃料を年額坪当り米三升と改訂したほかは、従前と同一の約定で賃貸借関係を承継し、その間浜次郎は昭和三年頃までの間に本件土地の上に本件建物三棟を築造してこれを所有し、その後浜次郎の隠居により相続人たる控訴人が右賃貸借関係を承継し、引き続いて本件土地の使用を継続してきたことを認めることができる。原審(第一、二回)及び当審証人橋爪和一の証言並びに原審及び当審(第一、二回)における被控訴本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用することができない。他に右認定を覆すに足る証拠は存在しない。

ところで、昭和十六年三月十日本件土地の所在地たる飯田市に借地法が施行されたことは当裁判所に顕著なところであるから、控訴人の本件土地に対する前記賃借権は、借地法第十七条第二項、第六条第一項、第五条第一項の各規定が適用せられ、賃貸借契約が締結せられた明治三十八年四月頃から起算し二十年毎に契約を更新したものとみなされる結果、控訴人は本件土地について昭和四十年四月頃までを存続期間とする賃借権を有するものといわなければならない。

四、よつて進んで控訴人の右賃借権の対抗力の点につき考察するに、被控訴人が訴外橋爪和一から本件土地を買い受け昭和二十二年三月三十一日その所有権取得登記をしたことは、前認定のとおりであり、且つ控訴人が右登記の日以前において右賃貸借の登記をし又は右賃借地上の本件建物についてその登記をしたことは、本件において何等主張も立証もないのであるから、後記の滅失回復登記懈怠の問題を生じない限りは、被控訴人は右所有権取得登記のときから本件土地の所有権取得を以て賃借人たる控訴人に対抗することができるのであり、他面控訴人はその賃借権を以て被控訴人に対抗することができないものであることは疑のないところである。

ところで、控訴人は、「昭和二十二年四月二十日の火災により長野地方法務局飯田支局に保管中の本件土地登記簿は滅失し、その後被控訴人は右滅失登記の回復を申請しなかつたから、被控訴人の本件土地所有権の対抗力は消滅し、控訴人は昭和二十二年十月十七日本件借地上の建物について保存登記をしたので、控訴人はその賃借権を以て被控訴人に対抗することができることになつた。」旨主張する。そして、控訴人主張の日その主張のような理由で本件土地登記簿が滅失し、その後被控訴人において右登記の回復を申請しなかつたことは当事者間に争のないところであり、なお昭和二十二年五月十六日司法省告示第二十三号によれば、右回復登記の申請期間は「昭和二十二年五月二十一日より同年十二月三十日まで」と定められ、さらに昭和二十二年十二月二十七日司法省告示第六十五号により右回復登記の申請期間が昭和二十三年三月三十一日まで延長されたことが明らかである。そして、不動産登記法第二十三条は「登記簿ノ全部又ハ一部ガ滅失シタル場合ニ於テハ法務大臣ハ三ケ月ヨリ少カラサル期間ヲ定メ其期間内ニ登記ノ回復ヲ申請スル者ハ仍ホ其登記簿ニ於ケル順位ヲ有スヘキ旨ヲ告示スルコトヲ要ス」と規定し、右規定に基いて前掲の各告示がなされたものであることは、当裁判所に顕著なところであるから、被控訴人は滅失回復登記の申請期間を徒過したことにより、昭和二十三年三月三十一日限り滅失した登記簿における順位を喪失したものといわなければならない。ここにいわゆる順位とは登記によつて生ずる先後の順番で先に登記された権利が後に登記された権利の存在を否定し又はその内容を制限することである。元来登記は不動産物権の変動に関する対抗要件であるから、一旦登記された権利であつても、その登記簿が滅失したときはいわゆる公示の目的に副わなくなつたのであるから、取引の安全保護の立場から、不動産登記法は第二十三条において回復登記の申請期間及びその権利の順位に関する規定を設け、以て登記権利者に対し回復登記申請の機会を与えるとともに、所定の期間内に回復登記を申請するものは滅失した登記簿における登記の効力を保有せしめることと定めたものと解せられる。換言すれば、回復登記申請期間を徒過したものは、滅失した登記簿に一旦登記され対抗力を生じた権利であつても、第三者に対してはその権利取得を以てもはや対抗しえないものとなるのであつて、すなわち回復登記申請期間の徒過により、一旦生じた対抗力は消滅するものと解するのを相当とする。

被控訴人は、大審院民事連合部の判決(大正十年(オ)第九一四号、大正十二年七月七日言渡)を引用し、登記により一旦有効に発生した対抗力が、権利者の責に帰すべき事由によらない登記簿の滅失という災害的事実の発生によつて消滅すべきいわれがない旨主張するけれども、論旨引用の判決は登記権利者の全く関知しない他人の行為により不当に登記が抹消された場合の抹消回復登記の事案に関するもので、滅失回復登記(その申請期間を徒過することは登記権利者の懈怠であつて、すなわち対抗力消滅について登記権利者の責に帰すべき事由が存する。)に関する本件に適切でない。もとより登記は物権の対抗力発生の条件であつて、当事者が真正の物権関係について登記をすれば、これと同時に物権の対抗力は発生し、一旦発生した右対抗力は法律の規定する消滅事由が発生しない限り消滅するものでないけれども、登記簿が滅失した場合所定期間内に回復登記の申請をしないときは一旦発生した対抗力も消滅するものであることは、民法第百七十七条不動産登記法第二十三条の規定の解釈に基くもので、対抗力の消滅につき法律上の根拠が存するのであるから、被控訴人の右主張は採用できない。

また、被控訴人は、「回復登記をしないことによつて滅失した登記簿上の登記の対抗力が消滅するという解釈は不動産登記法第二十三条の規定から抽出することができない。かかる重要な効果を認めるためには民法物権編中に規定をおくべきであつて不動産登記法中に不明確な表示を以てこれを規定する筈がない。」旨主張する。しかしながら、被控訴人の所論は立法技術に関する主張としてはともかくとして、民法第百七十七条不動産登記法第二十三条の規定の解釈としては、被控訴人独自の見解であつて、その理由のないこと前説示に照して明かであるから採用することができない。

以上の説明により明らかなとおり、被控訴人は登記簿滅失による回復登記を懈怠したことによつて、昭和二十三年三月三十一日右回復登記の申請期間の満了とともに滅失した登記簿における順位を喪失し、従つて滅失した登記簿に一旦記載された本件土地の所有権取得登記の効力を第三者に対して主張することができなくなつたものといわなければならない。しかしながら被控訴人はこれによつて直ちに実体上存する本件土地の所有権を喪失するのではないから、右回復登記の申請期間を徒過した以後においても、同一不動産について第三者が保存登記を申請したような特段の事情の存しない限り、被控訴人としてはその実体上の権利関係に基いて適法に保存登記をすることができるのであつて、被控訴人が回復登記申請期間経過後たる昭和二十五年九月八日本件土地について保存登記を了したことは前認定のとおりである。しかし、このような保存登記は滅失回復登記と異る全く新なる登記であつて、遡及的効力を有するものではないから、被控訴人は、右保存登記以後においてのみ本件土地の所有権取得を以て第三者に対抗することができるに過ぎないものというべきである。もつとも、登記は不動産に関する物権の得喪及び変更を以て第三者に対抗する要件であつて、民法第百七十七条にいわゆる第三者とは、当事者もしくはその包括承継人以外のもので不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有するものを指称するものと解すべきであるから、被控訴人としては回復登記を懈怠したにかかわらず、登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しない第三者に対しては、新なる保存登記の以前において本件土地の所有権を取得したことを以て対抗できるわけである。よつて控訴人は被控訴人の本件土地についての前記回復登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当するものであるか否かについて以下検討を加える。

およそ不動産に関する賃借権を正当の権原により取得したものは右不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有するものと解すべきところ、本件においては控訴人は被控訴人が本件土地を訴外橋爪和一から買い受け取得する以前から、右訴外人との契約に基き本件土地について普通の建物所有を目的とする賃借権を有するものであること前認定のとおりであるから、右土地の物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を存する第三者であると認むべく、仮りに右賃貸借につき登記をした賃借権者でなければ賃借権を正当の権原によつて取得したものといえないと解しても、控訴人は被控訴人の前記所有権保存登記に先き立つて昭和二十二年十月二十七日本件借地上の建物につき保存登記をしたものであることは、成立に争のない乙第二十四、第二十五号証により認められるのであつて、対抗力の点について賃貸借そのものの登記と建物保護法による登記との間に何等差異はないのであるからいずれにしても控訴人は本件不動産の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する第三者であり、従つてまた被控訴人の前記回復登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者であるといわなければならない。もし反対の見解を採るとすれば次のような不合理な結果を認めなければならなくなるであろう。すなわち、仮りに、このような賃借人が登記簿滅失後不動産の譲渡人すなわち前所有者から全く駄足に属することながら、更に重複して同一内容の賃貸借契約を締結した上で、賃貸借の登記又は借地上の建物につき保存登記をしたとすれば、右賃借人は譲受人の回復登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当することは疑のないところである(けだし、民法第百七十七条にいわゆる第三者はその善意であると悪意であるとを問わないのであり、且つ右設例の場合賃借人は登記簿滅失後において当該不動産につき新たに有効な取引関係を生じた第三者であるからである。)から、既に譲渡人と賃貸借契約を締結している賃借人が同一の譲渡人と同一内容の契約を二重に締結したか否かによつて結論を異にする不合理を是認せざるをえなくなるであろう。

してみれば、被控訴人は本件土地につき所有権保存登記をした昭和二十五年九月八日以後においては、本件土地の所有権取得を以て控訴人に対抗できるわけであるけれども、右保存登記以前においてはその所有権を主張することができないこと明らかである。しかるに、控訴人は被控訴人の右保存登記前たる昭和二十二年十月二十七日本件借地上の建物について保存登記をしたこと前認定のとおりであるから、建物保護に関する法律第一条の規定によりその賃借権を以て本件土地の譲受人たる被控訴人に対抗しうるものといわなければならない。

被控訴人は、不動産登記法第二十三条にいわゆる「其登記簿ニ於ケル順位」とは同一登記簿上に存在する数個の登記された権利相互の間に生ずる関係であつて、控訴人の建物登記簿上の保存登記と被控訴人の本件土地登記簿上の登記とは右法条に規定する順位の関係は存在しないから、被控訴人は滅失回復登記の申請をしなくても、滅失した登記簿上に記載された所有権取得登記の効力を控訴人に対して主張することができる旨主張するけれども、右法条に規定する順位の関係は、同一登記簿上に記載された登記にかかる権利相互の間にのみ生ずるものでなく、別個の登記簿に記載された権利との関係においても順位の関係を生ずるものであることは、前記説示に照して明らかであつて、このことは、建物保護に関する法律第一条に規定する登記は、土地の賃貸借自体の登記と異り別個の登記簿に記載されるものであるけれども、均しく排他的効力を有しその対抗力の点において両者の間に何等の径庭が存しないことからも容易に推論できるところであつて、被控訴人の右主張は採用できない。

五、次に被控訴人は、「控訴人は本件建物の保存登記をする以前において、すでに被控訴人が本件土地の所有権を取得した事実を承認し、これにより登記欠缺の否認権を放棄したものであるから、今さら対抗要件の欠缺を主張することは許されない。」旨主張するので判断するに、単に物権変動の事実を一応認めることと、対抗要件の欠缺すなわち登記がなされていないのに物権変動の事実を確定的に承認し物権変動の効果が自己に及ぶことを承認するいわゆる登記欠缺主張の利益を放棄するということとは別のことに属する。そして原審証人橋爪和一の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証、原審(第一、二回)及び当審証人橋爪和一、原審及び当審(第一、二回)証人松下利夫、原審及び当審(第一、二回)証人光沢秀代、の各証言、原審及び当審(第一、二回)における被控訴本人尋問の結果、原審及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。訴外橋爪和一は本件土地を被控訴人に売却するに先き立つて、控訴人に対し本件土地の買取方を申し入れたけれども、その代金の点で折合いが着かず売買は成立するに至らなかつたので、同訴外人は冒頭認定のとおり被控訴人に売却してしまつた。そして昭和二十二年九月下旬頃になつて控訴人に対し郵便はがきを以て、本件土地を被控訴人に売却したから以後は被控訴人と直接交渉せられ度い旨の通知をした。控訴人は非常に驚いて直ちに被控訴人方を訪れ右売買の事実を確めたところ、右売買が真実であるとの返事であつたので、それでは本件土地を売つて貰い度いと申し入れたが拒絶せられ反つて三年位後に本件土地を明け渡すべきことを告げられた。そしてその頃数回に亘つて控訴人は被控訴人に対し本件土地を適当の代価で売り渡すか又は売却できないならば従前通り引き続き賃貸せられ度い旨折衝を重ねたけれども不調に終つてしまつた。

以上のとおり認定できるのであつて、右認定にかかる売買又は賃貸交渉経過事実を本件弁論の全趣旨に照して考えてみると、控訴人は被控訴人が訴外橋爪和一から本件土地を買い受けた事実を一応事実として認めたというに止まり、対抗要件の欠缺するにかかわらず、その欠缺を主張する利益を放棄する趣旨で、物権変動の効果が自己に及ぶことを承認し、被控訴人の本件土地所有権取得の事実を確定的に承認したものではないとみるのを相当とする。その他に右認定を覆し、控訴人が被控訴人主張のような対抗要件欠缺主張の利益を放棄した事実を認めるに足る確証は存在しないので、被控訴人の右主張は採用できない。

六、してみると、控訴人は被控訴人に対抗できる賃借権に基いて本件土地を占有しているものであるから、右占有が不法占有なることを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の争点についての判断を待つまでもなく理由のないこと明らかであるから、これを棄却すべく、右と反対の見解に出た原判決は失当で取消を免れない。よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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